「え?こんな遺跡なんて知らなかった」と思われた方もいらっしゃるのではないでしょうか。Netflixオリジナル映画「時の面影」は、イギリスにある著名な遺跡サットン・フーの発掘を巡る実話にもとづいて描かれた作品です。
しかも、主な登場人物の中で、実在しなかったのはたったの1人だけ!というほど実話に忠実なんです。
当記事では、Netflix映画「時の面影」について
- 実際のサットン・フー発掘について
- 実在した登場人物
- サットン・フーのその後
などについて解説していきます。
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映画【時の面影】サットン・フーとは?
映画「時の面影」で登場するサットン・フーは、イングランド南東部サフォーク州のデベン川近くにある遺跡です。1939年にアマチュア発掘家バジルブラウンにより発見された船葬墓で、1400年前のアングロサクソン時代のものと考えられています。
古英語で「サットン」は「南部の集落」、「フー」は「高地、高台」という意味です。
長さ27メートルの船がまるごと1隻うめられており、鉄、金、ガーネット、羽毛などで作られた数々の豪華な品々も埋葬されていました。これらの材料は世界中から集められたもので、NATIONAL GEOGRAPHICによると、
世界中から集められた材料で精巧に作り込まれた品々は、『ベオウルフ』などの叙事詩に描かれた中世初期の社会が、現実であったことを示唆していた。
財宝出土のサットン・フー遺跡、英国「最後」の豪勢な墓だった|NATIONAL GEOGRAPHIC
とのこと。これまでのアングロサクソン時代の理解を覆すほどの大発見だったのだそうですよ。
墓のスケールや副葬品の豪華さから、船とともに埋葬されていた戦士はアングロ・サクソン王国の王の1人だったと考えられています。
サットン・フーで発掘されたものの中でも有名なのが「兜」です。この時代の兜でこれほど形の残ったものは他になく、人の顔が模されています。
サットン・フー遺跡が発見された土地のもとの所有者はエディス・プリティ。敷地内にある塚群に興味を持っていたエディスが、バジル・ブラウンに発掘を依頼しました。
原作はジョン・プレストンの小説
映画「時の面影」の原作は、ジョン・プレストンの小説「The Dig(原題)」。ジョン・プレストンはイギリス人のジャーナリストで、サットン・フー発掘に参加した考古学者ペギー・ビゴットの甥でもあります。
(ちなみに、映画「時の面影」ではイギリス人女優リリー・ジェームズがペギー・ビゴット役を演じていましたね。)
ジョンは、自分の叔母がサットン・フー発掘に携わった主要な人物の1人だったということを知り、実話に基づいた小説「The Dig」を書くに至ったのだそうです。
どのくらい本当の話?
映画「時の面影」は、サットン・フー遺跡の発掘についての実話に基づいた作品です。
ただし、作品をよりドラマチックにするために加えられたシーンもあります。例えば、発掘作業中のブラウンが土に生き埋めになってしまうシーンや、ブラウンと大英博物館との確執などはフィクションとのこと。考古学者ペギーとカメラマンのロリーとの関係も事実ではありません。
執筆にあたりジョン・プレストンは、叔母のペギー・ビゴットが個人的に書きのこした回顧録や、サットン・フー発掘に携わった考古学者のマーティン・カーヴァーからの話なども参考にしています。
参考
Netflix ‘The Dig’ author John Preston meets Time Team|Time Team Official
映画【時の面影】実在した人物は?
映画「時の面影」の主な登場人物も、ほとんどが実在していました。唯一、存在しなかった人物は、ぺギーと恋に落ちたカメラマンのロリーのみとのことです。
ここでは、サットン・フー遺跡発掘に実際にたずさわった人物について見ていきましょう。
エディス・プリティ
サットン・フーの土地を所有していたエディス・プリティ。映画では、イギリス人女優キャリー・マリガンが熱演しています。意志が強く行動力のある女性でありながらも、メランコリックな雰囲気が印象的でしたよね。
実のエディス・プリティは、裕福な家庭に生まれ育ちました。子供のころから祖父や父とともに世界各地を訪れており、エジブトやギリシャなどでは発掘作業を見学していたとのこと。映画でも「幼い頃から考古学に興味があった」と語っていましたよね。経済的に恵まれていたとはいえ、当時エディスのように世界旅行をする女性はめずらしかったそうです。
夫フランクと結婚したのは42歳のとき。映画では、18歳の誕生日にプロポーズをしてから結婚するまで「13年間も」かかったと言われていましたが、実際には24年かかっています。上流階級に娘を嫁がせたかった両親に反対され、父親が亡くなった翌年に結婚しています。
映画で家政婦がブラウンに語っていたとおり、フランクは結婚するまで毎年エディスの誕生日にプロポーズしていたんだそうですよ。
結婚4年目で息子のロバートが生まれますが、その4年後に夫が病気で死去。幸せな結婚生活は8年ほどしか続きませんでした。
夫が亡くなったあと、エディスは以前より興味を抱いていたサットン・フーの塚群の発掘へと行動をはじめます。
バジル・ブラウン
アマチュア考古学者バジル・ブラウンは、映画での描写どおり大学で正式に学んだことがありませんでした。
サフォーク州に生まれ、12歳から学校には行かず父の農業の手伝いをしました。農作業をとおしてブラウンは、地域の土壌についてとても詳しくなります。10代後半に、絵、天文学、地理学、地質学の学位を通信大学より取得。独学でラテン語やフランス語などの言語も習得しました。
1937年にブラウンは、契約職員として働いていたイプスウィッチ博物館の紹介により、サットン・フー発掘のためエディスに雇われました。
ロバート・プリティ
エディスとフランクの1人息子ロバート。4歳のときに父を亡くしました。
ロバートにとってサットン・フー発掘はとてもワクワクするできごとで、よく現場付近でおもちゃの鋤(スキ)を使って発掘の真似ごとをして遊んでいたそうです。
12歳の時に母が亡くなったあとは、母の妹エリザベスにひきとられました。
ペギー・ビゴット
映画でリリー・ジェームズが演じた女性考古学者ペギー・ビゴット。1939年より、夫スチュワートのチームの一員として、サットン・フー発掘作業に参加しました。
ペギーはケンブリッジ大学で学位を取得したあと、考古学の修士号を取りました。女性の入学を禁じていた大学も多かった当時に、彼女のように学位をもつ女性はほんのわずかだったそうです。
修士号を取得した同じ年、考古学者であったスチュワート・ビゴットと結婚しました。その後もペギーは、考古学者としての知識と経験をつみ、60年のキャリアで50以上もの研究や本を発表しています。
映画では、壊れやすい遺跡を発掘するのにスリムなペギーの体型がピッタリだった、と言われていましたが、彼女の考古学者としての経験と実績から、メンバーに選ばれたのは体重が理由ではなかったことが明らかです。
ペギーは実際にも夫フィリップと離婚しています。理由は明らかではありません。
スチュワート・ビゴット
ペギー・ビゴットの夫で考古学者のフィリップ・ビゴット。サポートチームとして1939年にサットン・フー発掘に参加しました。
生涯をとおして考古学者としてのキャリアをつみ、大学の議長や大英博物館の管財人なども務めています。晩年はペギーとともに、ウイルトシャー考古学自然史協会の会長として働きました。
チャールズ・フィリップ
その体型では発掘は無理、とバジル・ブラウンから言われムッとしていた考古学者のチャールズ・フィリップ。
実際には、フィリップはブラウンとの確執はなく、むしろ互いを尊重しながらよい関係を築いていたとのことです。
ただし、フィリップは地元のイプスウィッチ博物館とは折り合いが悪く、つねに緊迫した関係だったと言われています。
メイ・ブラウン
バジル・ブラウンの妻メイも、実在した人物です。2人は1923年に結婚しました。
彼女はいくつもの仕事をかけもちしながら、夫ブラウンを経済的に支えました。サットン・フー発掘にブラウンが雇われたとき、彼女はエディスへ感謝の手紙を書いています。
映画【時の面影】その後は?
第二次世界大戦が始まるまでに、出土品はロンドンの大英博物館に運ばれ、船葬墓は埋め戻されました。戦争中、エディスの住んでいたカントリーハウスは、地域の女性農耕部隊の宿舎として使われていたそうです。
戦争が終わってから再開したサットン・フー遺跡の発掘は、1993年に終了しました。
現在は、ナショナル・トラストが管理するサットン・フーでは、発掘出土品(主にレプリカ)展示、エディスが住んでいたサットン・フー・ハウス、埋葬塚などを見学することができます。
実は、サットン・フー遺跡にはまだ発掘されていない部分が残っているとのこと。未来の考古学者たちが、新しい疑問と技術をもって探索できるよう手つかずのままにしているのだそうです。
映画の中でバジル・ブラウンが「繋がり」について語るシーンがあります。自分が死んで朽ちてしまうことを悲しむエディスにブラウンはこう言います。
「(私たちは)洞窟の壁の手形から続いている。……私たちもその悠久の一部です。消え去るわけではない。」
時の面影|Netflix
この言葉を聞くと、私たちの存在が点ではなく壮大な歴史の一部として線で繋がっているという実感が心にズシッと響いてきます。
まとめ
映画「時の面影」の実際のストーリーなどについてご紹介しました。
サットン・フー遺跡についてご興味のある方は、以下のサイトから歴史的な背景や当時の写真をみることができます。ぜひご覧になってみてくださいね。(当記事も、以下の記事の内容を参考にさせていただきました。)
参考
Digging the dirt: The true story behind The Dig|National Trust
suttonhoo_nt|Instagram
豪華な財宝に船 英サットン・フー遺跡がひらいた古代|ナショジオスペシャル
英国サフォーク州サットン・フーを巡る景観管理の文化地理学|橘セツ